いちリトルデーモンの墓場

創作物の感想の雑記を載せます

CHICKEN'S トーク② THE LIVING DEAD

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どうも。ある意味自分なりの恩返し記事の第2回目でございます。

今回はインディーズレーベル時代の2つ目のアルバム「THE LIVING DEAD」です。
BUMP OF CHICKENにとっての暗黒期(このアルバムのレコーディングも1週間ほどしか時間がなかったそうな)を象徴する「生ける屍」をタイトルにしたこのアルバムから初めて物語形式の歌が生まれるようになりました。
じゃあファンタジー色が強いのかと言われればそうではなくて、そういったことについて今回は書けたらいいんじゃないかな、なんて思っています。



Opening

涙の落ちる音で駆けつけてきた誰か(ジャケットの男性らしい)が物語をプレゼントしてあげるよというそれだけの内容。
前述した通り物語形式の歌が初めて生まれたアルバムなので、アルバムの導入という意味はもちろんそのことへの決意表明みたいなこともあったのかなあと思いました。

歌詞は後に製作される(というか製作自体は出来ていたが発表しなかった)「プレゼント」の一部なので、プレゼントのときにこの歌についてはもっと書こうかなと思います。


グングニル


某フラッシュで有名な曲。僕も中学生のときにこのフラッシュを観て「なんだこのやべえ歌!?」となった記憶があります。ある意味僕にとってBUMP OF CHICKENに触れる原点のひとつです。

うさんくさい地図をなに本気にしてるんだと笑う人々、後ろ指を指す人々を振り切って自前の船、いわば武器で出港するもとんでもない荒波にもまれてしまう。その途中地図も自分で破り捨てた。けれど、何かを信じて突き進むその姿に人々は船に向かって手を振り始める。死に際、もう一度地図を拾い集めて荒波に立ち向かう。うーんかっこいい。
歌を聴いている間はこの「彼」がかっこよくて仕方がない、何かを信じて突き進む姿に人が鼓舞されていく様子が良すぎてあんまり考えないのですが、実際自分は何か目標のある人間を勝手に型に当てはめてないか?と問われている気もしています。お前が笑ってるやつだって宝物もってんだぞと。歌の最後で嵐に巻き込まれた「彼」は地図の場所にたどりつけたのか死んでしまったのかは正直答えを出せていないのですが(基本的に死んでいてほしくなタイプなので生きていてほしいです)、どちらにしても何かに立ち向かう理由になった宝の地図そのものが宝物だったことがすべてなんじゃないかなと。

「世界の神ですら君を笑おうとも俺は決して笑わない」というフレーズが好きで、いろんな場面で今もお世話になっています。



ベストピクチャー


絵描きさんのお話。安アパートの貧乏暮らしでこういう暮らしがいいなと絵を描いているけど、認められてる日がわからなくて苦しい。時が過ぎてお城みたいな家に住めるようになったけど、今度は描きたくもないような絵ばかりでなんで絵を描いてるかわからなくて苦しい。描きたい絵を描こうとしてもいい暮らしができてもどっちも苦しい。

これって多分今これを書いていることそのものなんですよね。以前大好きなあるアニメーション作品についての記事を書いていたのですが、いくつか書いている最中に「俺の言いたいことと違う!」「言葉を選んでも選んでも何か違うな」と違和感があって仕方がなかったので下書きに全て戻してしまいました。
好きなものを好きと言いたい、誰かに聞いてほしい、という気持ちで書こうと思ったはずなのにそれが出来ないこと、書いていかなくてはいけないようになってしまったことが苦しくなってしまいました。
これを書いている理由の根元はBUMP OF CHICKENに感謝の気持ちがあるから、その感謝の気持ちをたくさんの人と共有したいからなので、それを忘れてひたすら楽曲を聴いてここはこうあれはどうと言い初めてしまったらこの文章で伝えたいことも歌も遠ざかってしまうんじゃないかなあと。僕はそういうのをついついやりがちなので見てる方もなんじゃこりゃと思うことがあるかもしれませんけれども。

歌のお話に戻ります。何で絵を描いてるかわからなくなった絵描きは筆を折ろうとした。でもやめた。筆が、絵が好きなんでしょうって言ってくれた気がしたから。

生きてるぜ!絵を描いてるんだぜ!と絵描きが描くベストピクチャー。これを書いている理由というかこれを書いて何がしたいのかということをあらためて考えさせられましたし、この曲が無かったら前回の記事でまた途中で終わらせてしまっていたかも。ある意味この曲のおかげで完成できた記事かもしれないです。

そんなわけでこの曲好きになりました。ベストピクチャー。




続・くだらない唄

聴いていてむちゃくちゃに辛くなった歌。くだらない唄の続き?のような歌です。
R.I.P.のお話をしたときに聴ける曲聴けない曲があったという話をしましたがこれも聴けない曲でした。というか今になっても聴くときはかなり辛いです。

都会からタンポポの丘に帰ってきたけど昔の輝かしい思い出が今の自分に響いて仕方がない。この手は朝日の輝きに向かって振れない。
僕は自分の愚かだった行いを思い出して恥ずかしくなっては何なんだお前!?となる人間なので過去の自分が輝いてたとはあんまり思ってませんが、当時の自分だけに出せた雰囲気というか力はやっぱりあったのかなあとは思います。というか、そう感じてる人のほうが多いんじゃないかなあ。
歌の話に戻ります。手頃な台とヒモがあるから何となしに絞首台を作ってみたら原因不明の涙が止まらない。ここの涙は本当に原因不明というか、原因を探るのは野暮かなと。ただ行き着くところまできてしまったギリギリ感が伝わればそれでいいような。
帰ってきた頃は手を振れなかったと思っていた、輝いている朝日にまだ手を振っていいんだ振れるんだと納得できた「僕」。首は吊ってないけれどある意味一回死んでしまったことでちょっぴり自分のことを見直せたというか、ギリギリで生きてるけどそれでいいというか。ちょっとさっきから感じたことを書くのが難しいです。

ちゃんとこの曲聴いてなかったと思ってあらためて寝る前に聴いてみたら原因不明に尾を引きました。いや、本当に原因不明です。パワーがすごい。




ランプ

情熱のランプの歌。かなりネガティブな面からギリギリということに関して歌っていた前の曲とはうって変わってギリギリで生きてるなかで情熱のランプが語りかけてくる歌です。
FLAME VEIN製作後からTHE LIVING DEAD製作の間にこの曲のシングルCD「LAMP」が発売されたことからわかるように前のアルバムのキャッチコピー、「情熱は約束を守る」(好き)の色がめちゃくちゃ出てると思います。
自分の中の情熱のランプが語りかけてくる。大丈夫、大丈夫。いつも一緒にいるよ。こうやって語りかけてくるのはもう思い込みかもしれないですけど、なんとか生きてくぞって姿勢の自分に対して前向きな助けになってくれるそんな歌です。
今にも火をつけるぞ!火をつけるぞ!っていうところで曲が終わるんですけどそれがいいですよね。この歌を聴いて火がついたかどうかは僕たち次第だと思うので。この曲大好きです。




K

これも某フラッシュや、それを抜きにしてもかなり有名な1曲。ホーリーナイト。物語形式なのでここはこうって読み取るのもはばかられるので少し短くなっちゃいます。たぶん。
孤独が逃げ道っていうのは痛いところをつかれたなと思いました。一人なら悪意と向き合わなくていいから苦しくないし、他人の気持ちの機微に神経を使う必要もないから楽なんですよね。それでもやっぱり温もりを求めている黒猫がもう…このあたりは上手く言葉になりません。

最期まで駆け抜けるくらい芯のある猫だって知ってたからHoly Knightって名前をつけたんですかね。そうだとするとなおさら悲しくてでもあたたかくて説明のしようがなさすぎるので次の曲にいきます。申し訳ありません。




リリィ

ラブソングその2。といっても今回はラブソング以上に感じるものがある曲です。

これを読んでいるみなさんにお聞きしたいのですが、自己嫌悪に陥って自分なんかクソだって思ったときにそれを他人に言いますか?もしくは胸に秘めておきますか?他人に言うと答えた方は、自分を蔑むその言葉を否定してほしいですか?肯定してほしいですか?
僕はどっちかというと肯定してほしいと思っていた場面があったりします。面倒くさいやつなので、自分はそう思ってるのにいきなり「そんなことないよ」って言われたら自分の話なんて聞いてないんだって思ったり、慰めの言葉が聞きたいんじゃなくてとにかく自分を肯定してくれ!と願う(このへんは完全に人に甘えてますね、強くならねば)ことが多いので、気を遣って欲しいんじゃなくあなたの言葉が聞きたいんだと思うと肯定してほしいなんて思います。それはそれで「だよな」ってまたどんどん自責していくのでほんとうに面倒くさいやつなんですけれども。

歌の中に出てくる「君」は弱音を吐き続ける「僕」を見て、笑っている。自分が歌う言葉と自分とのギャップに苦しむ「僕」を見て、笑っている。笑っているといっても嘲っているんではなく、あなたはそういう人だからねと受け入れてくれる笑顔。「そういうところも全部かわいい人ね」と。
自分を否定する言葉に「確かにあなたはそうかもしれない」と否定はしないけれど、その上で自分のことを肯定してくれる。そんな人を望むこと自体甘えなんですけど、やっぱりその瞬間ってこのうえなく嬉しいと思うんですよね。本気で自分のことを見てくれてて本気で自分のことを考えて受け入れてくれているようで。これはただの持論でしかないですけれども。歌の中に出てくる「君」はそういう人だなんて思います。

歌の最後で「君」とはお別れするけれどそういう人がいたという事実は何にも換えがたいでしょうし、実際「最初で最後の恋人」ですし。ラブソングで相手と別れるとなったら悲しいものばかりだけれどリリィはすごく前向きというか、そういうところがいいなって思います。

余談ですがこの曲もイラスト付きで製作された動画で見かけてとても好きになり、何回も何回も聴きました。この時期の曲はフラッシュとか創作で知ったりしたことが多かったです。



Ever lasting lie

石油を掘り続ける人と待つ人のお話。愛する人のために莫大なお金を得るために「石油でも掘るしかないな」という言葉を真に受けてひたすら堀り続ける人は愛する人にも絶対に迎えに行くと言うわけですけどそんなのに決まってるんですよね。一方で女の人は娼婦のような仕事をしながら男の人を信じて待っている。

ここまでの話を聞いて何かピンときたあなた。そうです。ロミアです。ドラクエⅩⅠです。というわけでドラクエⅩⅠをプレイしてください。(了)
だとあまりに味気なさすぎるのでもう少し続けます。

歌の最後、女の人は亡くなるそのときまで男の人が来ることを信じ続けて幸せそうに眠ります。男の人はもう何故自分がシャベルで地面を掘っているのかわからない。でもただ堀り続けている。
男の人の嘘を信じて待ち続けたから女の人は幸せに目を閉じることができて、男の人も石油は掘り出せなかったけれど女の人に希望を与えていたわけで、突き通した嘘は人を救うこともあるんだなあと考えるとやるせないようなすばらしいと感じるような複雑な気分です。上記のゲームでは僕は真実を話すを選んで進行したので改めてこの歌のシチュエーションが心に刺さります。これが過ぎ去りし時を求めてか…

余談ですがこの曲8分を超え、間奏がむちゃくちゃ長いです。その長い間奏が過ぎ去った長い年月を表しているようで物凄くいいです。(特に後のカップリングでのAcoustic Versionは間奏が本当にいい。)そこも注目してぜひ聴いてみてください。



グロリアスレボリューション


タイトルを訳すと名誉革命。お前が呼吸してる(生きてる)ことを世の中に向かって叫んでいけ!という歌です。グングニルのような突き進む曲なのですが、この曲は言葉選びが本当に気持ちいいです。オッケー、オッケー。いける、いける。みたいなノリが心地よい。(歌詞をまんま貼りたいところですがあまりよくないので各々確認していただけると…)

ただそこで終わらないのがやっぱりBUMPで、手錠を外せ!飛んでいけ!と言っているヤツの手にもまた手錠が付いてる。おいおい取れねえな!と最後に言われます。変わろう変わろうというのもある意味手錠みたいなもので、多くのものに感銘を受けて自分も変わってみようということに気負いしすぎてる人に向けてはすごく優しく響くんじゃないかと思いました。昔は小気味いいながらもこちらを最後に殴ってくる結構な曲(もちろん好きでした。)だなあというのが感想でしたが、最近になって聴いてみるとそんな風に感じることもあってやっぱり聴くシチュエーションによってBUMPの歌は多くのものが変わるんだなあと実感しました。



Ending

タイトル通り。物語を受け取った僕たちに「君には味方がいるよ」と歌って終幕。BUMPがくれた歌は確かに僕の味方になっていると思います。
「プレゼント」の項で後々語るので長い説明はやめておきます。


おわり

というわけで第2回終了でございます。ここまで読んでいただいた皆様ありがとうございました。

THE LIVING DEAD」のアルバムを買ったのは5年も前ですが、最近は聴く機会をあまり設けていませんでした。この記事を書くにあたって聴き直してみたら当然5年の間で曲に対して今はまた違う考え方になっているなと気づきました。BUMP OF CHICKENの曲の魔法ってこういうことなんだなと。こういうところがすごく好きです。


では長々と語るのも野暮なのでこれにて。あらためてここまでの閲覧ありがとうございました。