いちリトルデーモンの墓場

創作物の感想の雑記を載せます

CHICKEN'S トーク① FLAME VEIN


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ということでBUMP OF CHICKENのアルバムにひとつひとつ感想を述べていくという記事をシリーズのような感じで小出しにしていきます。
まずはインディーズレーベル時代最初のアルバム「FLAME VEIN」について。収録されている一曲一曲について何か自分の想いなどをぶつけていけたらと思います。

アルバムタイトルの由来はレコーディング中に血管が浮き出ていたことにインスピレーションを受けたこと。発売当時のキャッチコピーは「情熱は約束を守る」でした。(この言葉がすごく好き)
この時期のBUMP OF CHICKENと年齢が変わらない(ガラスのブルースのように曲自体ができたのは自分の年齢よりも若かったりするものもある)ところまで年を重ねてきたので、そういった感覚も大事にしていけたらといいなと。
曲によって書けることの長い短いがありますがあしからず。


ではさっそく始めていきます。


ガラスのブルース


つい先日の記事にてガラスのブルースについては思い入れを書いたので。

ちょっとだけ補足すると、前半でガラスの目をした猫が歌っているときのサビの「僕」と後半でガラスの目をした猫が星になった後のサビの「僕」っていうのは意味が違うと思うんですよね。前半は猫で、後半は猫じゃなくそれこそ歌を歌っているBUMP自身のことかもしれないし、これを聴いているこちら側のことかもしれない。今度はこっちが歌っていかなきゃならないんだと感じる後半の熱意はやっぱり好きだなあなんて思います。

くだらない唄

タンポポの咲く丘のお話。明日大人になる前にここで会おうと約束したけれど、あなたは来ない…なんてお話です。

「大人になんかなりたくない」というよりは「大人になる」という事実が淡々と降りかかってくることを歌っている。事実だからなりたくないなんて言ってられないし、それは本当に「ある」とか「ない」とかの事実でしかないんですよね。それに対して思い出を作ろうネクタイで迷わないようにしようと言うけれどやっぱり「背広もネクタイも見たくない」し「あなた」が来ないのも知っているし震えてしまう。そんな歌かなあと思いました。

「あなた」は来てくれないなんて薄情なやつだと思うかもしれませんが、来なかった「あなた」は怖かった大人の世界に入っていけたんだと考えたらある意味一人立ちしているとも考えられるんですよね。じゃあタンポポの丘にきて「あなた」を待ってぶるぶる震えてる「僕」が情けないやつなのかと言われたらそれもそうじゃなくて。「怖い」って正直に言うことがくだらないのかって言われたらそうじゃないと思うし、そういう声を聞いてあげる必要だってあるのかなあと。正直僕も怖いです。それは単に経験がないから甘えた考えなのかもしれませんが。
ただ不幸なことに「僕」の元に「あなた」が来ることはなかったので一人で立ち向かうしかない、これを事実として歌われているのが厳しいようで逆にいえばこういう状況に陥ってる人達へは「ああ、こういうことって自分だけが思ってるんじゃないんだ」くらいの助けにはなるんじゃないかなあと思います。

ちなみに曲のタイトルの由来は帰りの電車の40分くらいで詞を書いたからだそう。
怖いとか、この日を迎えたくないって気持ちは確かに甘えかもしれないけれどそれでもそういう気持ちがあるって言うのはくだらないことかなあと思うようなところに曲のタイトルがこう来るもんだからなかなかふむむむむむっとさせられます。多分それもわざとでしょうけど。

ちなみに昔ライブでこの曲を演奏するときにタンポポの花を取り出す客がおり、メンバーはその度に激怒していたらしい。そりゃ怒るわ。





アルエ

新世紀エヴァンゲリオン」の綾波レイに宛てられた曲。
そのエピソードとハートに巻いた包帯=心+布=怖 のくだりが結構有名だと思います。

曲が出来た経緯に呆気に取られがちですけれど、綾波レイって碇シンジ君とは間違いなく友達という関係に終われない(恋愛的な意味ではなく人と人として交わることが出来ない)し、そもそも綾波レイって個人がどこまで「綾波レイ」なのかも謎な部分があるんですよね。
そんな特異なキャラクターに対して作中で「綾波レイとして君に救われてほしい!」って歌うことは愛がなければ出来ないことなんじゃないかなあと。作中で「綾波レイ」として救済されてるのかって言われたら微妙なところがあるし、それに何か思ったからこの曲が出来たんじゃないかなあなんて思っています。

ある意味なにか作品を観て還元した「究極の恩返し」って言えばそうなるのかもしれないし、そういう人達を多く見てきた身としてはすごく見習いたいです。



リトルブレイバー

僕はまず「リトルブレイバー」という言葉が好きです。ブレイバーではなく、リトルブレイバー。

もしこの歌の中で出てくる人がブレイバーなら(一応出てくることは出てくるのですがまた少し違う)この曲は自分とは遠い存在になっていたと思います。守るべきものがある、守るべき人がくれる、ただそれだけでちょっと何かが変わる。行動に起こせたらとかではなく何か大事なものがあるならそれだけで「リトルブレイバー」。リトルブレイバーだから、この曲が響くんじゃないかなあと。

とは言ってもじゃあ一人一人がリトルブレイバーなんだと自覚してちょっと励まされた気になって終わりかと言えばそうではなくて、じゃあその大事なもののためにやれないことがあるのか?やれないのなら、そんな弱さなんて悲しいだろと問いかけてこられるのでやっぱりうぐっとなってしまう。

ただ、この曲を聴いてああ、道行く誰かも自分も皆リトルブレイバーなんだと鼓舞されることはやっぱりあるので、どっちも大事な気持ちなんだと思います。厳しくも聴こえるし優しくも聴こえる、聴いたその瞬間によって激励にも叱咤にもなり得るような歌だなあと。難しいです。



ノーヒットノーラン

スラッガーのお話。この曲の「ノーヒットノーラン」はピッチャーの業績の意味では使われていません。今日は未だ「ノーヒットノーラン」のスラッガーのお話です。

基本的に自分は前に立つ人間でないので積極的に自分の意見を言える人たちのことをとても尊敬していますし、それこそそういう方達はまさにスラッガーのように期待されたり、一目置かれたりしていると思います。

でも、そんなスラッガーも怯えたり逃げ場を求めたりしているんですよね。自分の考えを外に出していくのはいつも目にしているけれど本当は外に向けてすごく勇気のいることをしていて、僕自身こんなこと言って嫌われないかとか、誰かを不快にさせないかと考えてなかなか文章を外に出せないときもあります。実際に人に嫌な思いをさせたときにどうしていいかわからなくてただどうしようと頭を抱えるしかなかったこともありました。そういう瞬間のことは忘れられないから何度も反復されるし、その度に恥ずかしくなったり情けなく思ったりします。

だから僕が見ている人たちも僕のあずかり知らぬところできっと色々なものを抱えながらそれでも言葉にしていると思います。
きっと誰でもスラッガーになる、ならなきゃいけない時が来るんですよね。自分の言葉だったり自分の姿が誰かを鼓舞できる、その責任を持たなきゃいけない日がいつやって来るのかはまだわかりません。ただ、自分しか誰かのためになれないチャンスが訪れたときにものにするための向き合い方としてこの歌には「まかせろ!」と言われています。この歌そのものが僕にとってのスラッガーです。

そんな僕は未だノーヒットノーランです。お気に入りです、この歌。



とっておきの唄

数少ないラブソングの1つ。ラブソングなので語るのが難しいため手短です。

ただ、ラブソングといっても「君が好きだ」とか相手にそういう気持ちを伝えようということを中心に考えるよりかは君がいるから日常がキラキラしているんだよという、日常に寄り添って歌うBUMPの根本的なところはラブソングでも変わらないんだなと感じます。二人でいればどこでもいいし、ささいなことでもアルバムの中の思い出にしていくんですよね。
そもそもラブソングっていうのも誰に宛ててるかって言われたら個人というよりは(おこがましいようですけど)これを聴いているリスナーへのラブソングかもしれないし、ラブソングを公言してるだけで「君らしい君」という言葉が大事なのかもしれないし。ラブソングだからって身構える必要はないのかなあと最近になって思いました。

最近は人と出会って比較的自分を出しながら色んなところに行くことが多いので、いろんな場所に一緒に行った多くの方への親愛のラブソングとしても聴けるなあなんて最近は思っています。

少しキモい感じで終わりましたが次行きます。



ナイフ

隠しを除いてこのアルバムで唯一英語詞がある曲。インディーズ時代初期は英語の詞で曲を書くことが多かった(当人いわくメッセージ性の薄いめちゃくちゃな英語の歌)のですが、その余韻というか影響が見られることもあってなんとなく「雰囲気が違う」のは感じます。歌詞からしても雰囲気が違うような気がしているので。

「ナイフ」っていう物(と言葉)自体に結構攻撃性があるというか、ナイフは危険なものという認識が強いのですが、歌の中では望めば望むほど隠したナイフは鋭くなるというように、このしみったれた現状にナイフで立ち向かえ!という意味がなおさら強くなっているのかなあなんて。
まあでもそのしみったれた現状を作っているのはやっぱり自分で、お前なにか忘れてないか?というのを問いかけてくるようななんだか不思議な曲です。

でも最終的に歌われるのはPROVE YOURSELF!なんですよね。



DANNY

隠しトラックに収録。ガラスのブルースよりも前に製作された歌。隠しトラックは解説するつもりはありませんでしたがこの曲だけはちょっとだけ触れたいと思います。

前述した通り英語で詞を書いていた時期があり、その時の歌(なんと高校一年生のときに出来た曲)ですが本人達いわく「初めてメッセージ性を込めた」歌だそう。

歌の内容はダニーという名前の飼い犬が朝起きたら隣の庭の犬とケンカしていて、それを見てダニー頑張れ!ダニー頑張れ!というもの。瀕死になったダニーに「DANNY, I love you!」と言いながら頑張れ頑張れというこの曲、結構涙腺というかいろいろ刺激されます。

歌のしょっぱなから「When the morning」というめちゃくちゃな英語ですが、文法とかどうでもいいんですよね。ダニー頑張れ!ダニー頑張れ!っていう気持ちが大事で、BUMP OF CHICKENが最初に込めたメッセージが「頑張れ」なのもすごくあたたかくて何度も聴いています。

「頑張れ」って言葉って時には無責任というか、だからこそ前述のリトルブレイバーなどはその無責任な言葉だけが残らないようにただ事実だけを歌っているんだと思います。事実だからこっちには優しくも厳しくも聞こえるような歌をたくさん作っているんだと思いますが、それでも「DANNY」はその熱量が全てというか、「頑張れ」と言われることがすごく心地のいい歌です。

今でもDANNYはライブのアンコールなどで歌われていてある意味ガラスのブルースとこの歌が原点として言われることが多いですし、僕もそう思います。

早くDANNYをカラオケに収録してください。(歌詞が公式発表と音源で違うのと隠しだからっていうので多分無理だろうが。)



おわり

そんなこんなで「FLAME VEIN」感想、以上になります。
自分で文章にするにあたってこの言い回しと俺が言いたいこと違うなとか、こうやって形にしてみると俺ってこうやって聴いてるんだなとか、他にもこうだよなとか多く気づけることがあって改めてBUMP OF CHICKENが好きなのだと実感しています。

もしかしたらこのシリーズ途中で無くなる可能性がありますが(濃厚)、出来る限り、それでいてゆるりと続けていくので皆様もゆるりと楽しんでくれればと思います。


最後までこの記事を見てくださってありがとうございました。この記事を読んでこれ聴いてみたけどこんなこと感じたよっていうのがあったら言っていただけるととても嬉しいです。

では、この記事はこれにて。さようなら。