いちリトルデーモンの墓場

創作物の感想の雑記を載せます

お誕生日おめでとう

本当におめでとう。

PATHFINDERさいたま公演のBlu-ray

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というわけで8/8の今日発売のBUMP OF CHICKEN TOUR 2017-2018 PATHFINDER SAITAMA SUPER ARENAのBlu-ray届きました~。



今回は歌詞と一緒に写真の載ったいつものブックレットの様式と違って歌詞は別紙にして写真集みたいな感じになってました。

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こんな感じで。

公式でInstagramに上げてたライブの写真も沢山あって自分は参戦叶わなかったものの写真追っかけてるだけで楽しかったなあ…なんてことを思い出しました。



ここ最近このBlu-ray観るまでBUMPの曲あまり聴いてなかったのですけども、今回のツアーはアルバムツアーじゃないぶんセットリストも自由に組まれてて新旧色んな曲があるのでそっかこの曲のここ好きだったよな~とかなんだかここ新鮮に聴こえるな~とか久々にBUMPの曲から色んな発見が出来ました。



そんな風に色んな発見が出来るのも前提としてBUMPが20年以上活動し続けてることがあって、その上で20年前の曲でも10年前の曲でも最近リリースした曲でも聴くたびに色んな発見ができるのは彼らBUMP OF CHICKENがずうっといろんな道を模索してきたからだろうし、それはアルバムの変遷からも何となく伝われば今日みたいに実際のライブとかライブ映像から伝わるものもたくさんあって、そうやって変わってきた中で20年以上真ん中にある芯はブレずに歌ってきたBUMP OF CHICKENがすごくかっこいいなとあらためて思いました。



僕にとってBUMP OF CHICKENは世界一カッコいいバンドで、BUMP OF CHICKENの皆さんのことは常に尊敬の対象なのだというお話でした。



あとやっぱりギター弾いてる姿ベース弾いてる姿ドラム鳴らしてる姿セッションしてる姿どれもカッコいいのでもうちょっとギター頑張ってコピー出来るようになりたいですね…壁にぶつかったとか言ってる場合じゃないけどなかなか終わりが見えないのでありました。

被る

なりたいものというか憧れてるものを参考にしてそれに近い存在と言わないまでも吸収して反映させた自分になろうとする欲求がここ最近強いけど、ほんとはそれって自分の自我とかオリジナリティーに対して答えを出すことを他の媒体に丸投げしてるようで良くないようにも思えて参りました。

自分という存在を表現する言葉は基本的に見つからないというか不明瞭で輪郭がぼやけているから、小説マンガアニメ音楽映画絵画彫刻その他もろもろで表現出来る人はするんだろうし、自分というものを示そうと思ったら何百何千何万何億の言葉を探すよりも行動で示した方が手っ取り早いのだと思う。



自分は割とオマージュ作品とか好きなのでグリーヴァの曲諸々とか某星団とかのBUMPオマージュ曲(厳密にはちょっと違う)も好んで聴いているし、そういう人達が自ら影響を受けた模倣じゃないけど反映させたもの自体だったりその姿勢 に憧れたりもするけれど、それとはまたちがって今の自分はその人物像に「なろう」としてるのがあんまり良くないのかな。カリスマに憧れてカリスマ的存在になりたいという欲求ももちろんあるけれどそうじゃなくて…

無論「なろう」とすることすらまだ遠い段階というか、生み出すには修練が足りなかったりして今はまだ吸収する期間なのかもしれない。というか生み出してからそういうことを言い始めるべきであって今言うことじゃないのかも。

ただ、自分のベースにこれがある!とわかっている物があるなら無理にそれになろうとしなくとも自然体で自分の経験とか哲学を込めて練ってみたら自ずから「なろう」とすることにはならないのかなあなんて。若い人間の考えることは全て先駆者の考えたことだなんてよく聞きますけど、今言った自分の哲学ももしかしたら模倣なのかもしれないという問いをきっと永遠に繰り返さなければならないのでしょう。



DIR EN GREYに「人間を被る」っていう曲があるんですけど、「人間」を「被る」ってどういうことなんでしょうね。性悪説じゃないけど痛みを歌ういつもと同じDIRの芯を考えるなら人間らしく振る舞っている醜いイキモノのことを指してるのか、それともアイデンティティを他人に任せて被っている人間のことを指してるのか(これに関しては過去の京さんに当てはまることだからありそうだけど…)、はたまた人間になりたいイキモノの話なのか…。連想される状況が様々である以上「人間を被る」は恐らくこれから先1ヶ月半年1年10年と聴くたびに色を変える気がしてなりません。「被る」ことは生きてる以上もう付きまとってくることが確定してるから。



まあ単純な話そんなこと気にしてる暇があったら手を動かした方がいいんですよね~。楽器触るたびに壁にぶつかるのでそんなことを考えてました。
カッコよく思われてえ~。

そういえば明日にはPATHFINDERのBlu-rayが届くので届いたぞ~って記事でも書きましょうかね、明日。

これ

やばすぎ。


去年も同じくらいの時期に配信シングルが出て、それも大好きだけど…

上手く言えないけど、BUMPの大好きだなって思うところがびっくりするくらい詰まってて凄いし、ラジオで先行されたときにそのパーソナリティの方が言ってたように「何年も前から知っていたBUMPと今初めて出会った」ような曲だなって思いました。



なんかもう、
BUMP OF CHICKENが大好きって気持ちで一杯になりました。

おたおめのembrace

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7/13が津島善子さんのお誕生日だったので何か出来ることあるかなと模索した結果。

BUMP OF CHICKENのembraceを捧げようということにしました。同じBUMPのプレゼントでもよかったかもだけどね。

embraceって別に善子の心情を表してるかって言われたらそういうわけでもなくて、むしろAqoursのメンバーだからこそ救いになった善子とは反対の、人と触れあうことを強く求めていても「あなただから」とかそういう言葉じゃなくただ自分に欠けた温もりを埋める人が欲しいというだけのエゴの歌なので。

ただ、そういうエゴを含めて他者を愛しいと思えるすんばらしい歌なので今回は彼女の有り様っていうよりはこっちの世界→彼女に向けたメッセージみたいなものに仕上がってればな…と思います。



今回もギター歌唱ともに拙い感じになってる(しかも声が基本的に小さすぎた)のでお聞き苦しい点もあると思いますが、よかったら足を運んでみてくだされば…



あと今回embraceを弾くにあたって歌詞をBUMPがライブで歌詞変えする(というより初期案の歌詞)ものにしてみました。
embraceに歌われているような呼吸や匂いを感じることはこっちの世界にいる自分にはできないことなので、あの歌詞ぴったりかなと思って変えたやつでやってみました。というよりも進めてたら元の歌詞よりそっちが出てきたのである意味心のままのものかなってことで。
歌詞変えどこだ~っていうのも良ければ探してくだされば嬉しいです…といっても答えは前に書いたユクドラシルの記事に載ってたりしますけど。



まあそんなに誕生日というものを重い楔みたいにしたくないのもあるのでこれ以上深い話は今はしなくていいかなということで、このお話はこれで終わります。

というわけであらためて津島善子さん、お誕生日おめでとうございます~。
これからも並んで歩いていけるようにどうにか立っていきましょ~。

衝動

5月に初めてDIR EN GREYのCDを買ったんですよ。
UROBOROS」のリマスターと「人間を被る」の2枚を。

某ゲーム実況者の歌ってみたやyoutubeの公式で前々からちょびっと曲は知っていた状態でしたが、ちゃんといろんな曲聴いてみたらあらためて凄いなあと。
京さんの音域とかデスボ関連の技術もそうですけど、あの世界観、僕の大好きなBUMPとは正反対に人の痛みとか罪を歌っていくスタイルと曲の格好よさに完全に惚れ込んでしまいました。



その後も今年出たベストアルバム借りたり(予感ほんと全てが気持ちよすぎてすき)、「残 -ZAN-」のCD買ったり、もう解散してしまったものの音楽性が変化する以前のDIRの様相を取り込んだグリーヴァのCD買って聴いてみたりとかしてみたんですけども。

それらの音楽は基本的に放送禁止用語連発の歌詞だったり人の死に様があまりにも派手に描写されたりダークな面だったり破壊衝動のようなイメージが聴いてると沸いてきて、さっきも言った通り僕の好きなバンドのように日常を生きていく人の強さとかの話ではなくむしろそういうものを破壊する話が出てきて。そんな傷を残してくるような音楽聴いていて一体どうなるんだ…とか前までは思っていたのですが。



思ったのは破壊衝動もやっぱり生きている誰かの強い感情が作用しまくってるもので、いとも簡単に曲中で人が死んだり残虐行為が横行するような生をブチ壊しにいくその衝動が、ハッピーエンドの歌では成し得ない体の底からエネルギーを生み出せるような感覚になるためのスイッチになるのだなあと。ブチ壊すというのも悪い意味だけでなくいい意味に作用することもありますし。

まあ本音を言えば痛い思いはもちろんしたくないわけですけどもね。



というわけでDIRが格好いいという話とダークな曲イイ…っていう話がしたかっただけの文章でした。

あとデスボの練習したら喉はもちろん何故かアゴも痛くなってきたのでみなさんも気を付けてください。僕もこれで喉が潰れたら末代の恥なので控えようと思います。

かっこいいね。

紙飛行機



7/5でBUMP OF CHICKENの記念撮影がリリースされてもう一周年になるということなので、自分でも凄く好きな曲ということで下手ながらちょっとだけギター弾きつつ歌もやってみました。



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イメージはこんな感じで。



記念撮影には紙飛行機がモチーフとして出てくるんですけど、もともとHUNGRY DAYSのアオハルが(多分)テーマだったし、かといって色恋沙汰に寄せるんじゃなく思春期特有の浮わついた感覚と段々と自分の未来のレールが見え出してくる2つの曖昧な時間にいることのお話だからこそ、全く異なる2つのものもこういう情景や等身大の像を通して自分のなかでスペースを共有できてるのかなって思います。



まあ自分もそういうモラトリアムの中にいる最中なのでそういう意味でもあれに力入ってる部分はたぶんあります。後は千歌ちゃんのことを考えながらやってみたので良ければ聴いていって下さい。

というかメロディーが良い感じだと思ったら本家様のBUMP OF CHICKENを無限に聴いてくだされ…



Aqoursもそれを取り巻く僕も、BUMP OF CHICKENもそれを取り巻く僕も、僕自身も全てやっぱり歌詞の通り終わる魔法の中にいることは変えられない事実で、それでも今自分の心が揺れたものを飲み込んで自分のなかで新しくなったものを人に少しでも返せるように出来たらいいな~とか考えてるもののまあ明らかに綺麗事だし難しいですね。

結局傍観者にしかなれないからこそ傍観者としてやるべきことを考えないとと常々思います。傍観者だとしても自分の日常を生きていけているならそれはもう返しているのと一緒だとは考えてますけど、それはまだまだ思ってるだけだからね。